バルト三国の旅2011 -Category

旅行前からずっと、必ず行きたいと思っていた「聖ニコラス教会」。

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最初、この教会の前に来た時は「あれ、道を間違えたかな?」と思ってしまったほど、こじんまりとした佇まい。でも中に収められている展示物は、どれも非常に見応えのある素晴らしいものばかりでした。

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聖ニコラス教会は、13世紀前半にドイツ商人居住区の中心に建てられた教会で、非常時には要塞としても役立てられたそうです。1944年の空爆で破壊されたために、残念ながらも原型の内装はまったく残っていない。外観のみが修復・再現され、現在は美術館&コンサートホールとして利用されています。

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入場料は、3.20ユーロ。安い!しかも、ガイドブックでは「撮影不可」と書いてあったけど、写真撮影もOKでした(フラッシュは不可)。

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展示室に入って最初に感激したのがこの展示作品。なんという悪魔的な美しさ...。教会にあった祭壇の一部でしょうか。それとも富豪の商人の家にあった実用品でしょうか。目眩がしそうになるほど濃密な装飾。

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教会の内側には、高い塔の上から光が斜めに差し込み、美しい陰影の世界を造り出していた。この教会の構造は、「灯り」によって何かしらの対象物を照らし出すことより、「陰」を演出することにこそ大事な意図があるように感じました。

この荘厳な空間で演奏されるオルガンは、どんな美しい音を響かせてくれるのでしょう。コンサートの機会に、ぜひ立ち会ってみたかったな。

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これはリューベックの職人、ヘルメン・ローデ作の主祭壇(15世紀)。この教会のなかで、もっとも貴重な展示物のひとつ。表側の左右には聖ニコラスと聖ヴィクトルの生涯が描かれています。そして、この祭壇は二十の観音開きの構造になっていて、中央を開くと彩色された聖人像が彫られているらしいのですが、閲覧できる機会は滅多にないそうです。

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この妖艶な美しさに、ふと、クラーナハの官能的なヴィーナス像を思い起こしました。

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その他にも15〜16世紀に作られた祭壇などがいくつか展示されていましたが、絵の部分よりも周囲の装飾部が面白かった。こういう細部にこそ、エストニア独自の文化が息づいていると感じます。

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そして、この聖ニコラス教会を世界に知らしめているのは、何と言っても、この「死のダンス」が保存されていること。リューベックの画家・彫刻家のベルント・ノトケの手によるもので、15世紀後半に完成した作品。画中には左から、法王・皇帝・皇女・枢機卿・国王が並んで描かれ、不気味な骸骨たちと共に「死の舞踊」を繰り広げている。(作品が厳重に管理されててうまく撮れなかったので、こちらのサイトなどをご参照ください。→http://www.dodedans.com/Eest.htm)

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横長に展開する作品なのですが、現存するこの絵は作品の一部分のみで、オリジナルのそれ以外の作品は失われてしまっています。本来は全長30メートルくらいの作品で、教会の室内の壁面をぐるりと囲む形で作品が配置されていたようです(→★参考サイト)。

「死のダンス」の背景にあるのは、14世紀のペスト大流行という大事件。中世ヨーロッパでは、ペストだけでなく疫病による死者は相当な数だったと想像されるし、魔女狩りや異教徒弾圧といった残虐な殺戮が繰り返され、人々は常に死と隣り合わせにいる状況にあったのでしょう。死の恐怖から半狂乱になって踊り狂う人たちが出現したり、疫病の災いを祓うために骸骨に扮した祈祷師らが街中を歌い踊りながら練り歩く儀式が行われていました。そして「骸骨」と「死の舞踏」というモチーフは、15〜16世紀に至って盛んに描かれるようになります。閉塞した社会状況を反映させて、「王様であろうと極貧の農夫であろうと、死はまったく同じように訪れる。"生"はかりそめ。この世は"死"によってこそ支配されているのだ」...という「現世の無常観」が広く世の中に蔓延し、骸骨たちの図像が様々な場所に刻まれることになるのです。(しかし後の時代にそのような世界観が否定され、それらの作品は破壊・改変されてしまう。この「死のダンス」も上描きされていたが、長い時間を費やして修復された。)

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それにしても、この踊る骸骨たちはなんと生き生きとしていて、鮮やかな存在感を放っているのでしょう。聖人を描くことに飽き飽きしていた画家たちの想像力が、そこに居場所を見い出したようにも思えます。そしてこの絵に大きな魅力を与えているのは、画面中央に描かれたメランコリックな憂いを浮かべた女性の表情。「皇女」という設定になっているようですが、どこかしら少女のような面影を宿しています。焼け残ったのがこの2枚でなかったなら、これほどまでに多くの人に愛される作品にならなかったのではないでしょうか。歴史的な偶然によって部分のみが残されたからこそ、この作品は「死と少女」という魅惑的な、そして文学的なテーマとも結びついたのかもしれません。

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聖ニコラス教会で見た「死のダンス」は、そんな連想を誘いつつ、忘れがたく妖しい美しさを放っていました。〈続〉

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ニコラス聖堂の横道にある「リュヒケ・ヤルク通り」という階段を上っていくと、旧市街を一望できる高台があります。階段の途中では、陽気なおじさんがずっとギターを弾きながら歌をうたってました。

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タリン旧市街は、為政者や貴族たちが居を構えた「山の手」と、商人や職人、庶民たち暮らしていた「下町」とに分かれています。先程の広場があったのは下町の中心地。階段を上って丘の上にあるこの城壁を出た先の地区は「山の手」の"トームペア"と呼ばれていて、トームペア城や大聖堂など、時の権力を象徴する建物が並んでいます。

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大聖堂の外観。デンマーク人がこの地を占領してすぐに建設した、エストニア最古の教会なのだそうです。残念ながら教会内部は撮影できなかったのだけど、この大聖堂の内装や雰囲気は本当に素晴らしかった。中央の祭壇よりも、壁面いっぱいに無数に飾ってある紋章の、過剰な装飾に圧倒されます。聖人だけでなく、貴族やかつての富裕な職人・商人たちの墓石もたくさん刻まれている。遥か遠い時代に生きた人々の息吹が、今もかすかに漂っていそうな空間。古色に染まった木のベンチに座って、しばらく呆然と時を過ごしました。。

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こちらも有名な「アレクサンドル・ネフスキー聖堂」。ロシアに支配されていた時代を象徴する建物。トームペアに君臨するかのごとく、その中心にどっしりと存在感を放っています。ロシア側から見れば、アレクサンドル・ネフスキーはドイツ騎士団の侵攻を駆逐した歴史的な大英雄。カトリック=キリスト教世界の無際限な拡大を阻止したという意味でも、彼の偉業には大きな意味があると思う。しかし、エストニアの精神的支柱となる大聖堂やトームペア城を睨み監視するかのごとく、ここに正教会の聖堂があるのは、なんとも言えない違和感を感じてしまいます...。

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大聖堂の手前のコフトゥ通りを少し歩いた先に、旧市街を展望できる展望台がありました。ここから見渡した景色は、思わず感嘆の声を上げずにいられません! まさに絵のような美しさ。。

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素晴らしい景色なのだけど、この丘の上は冷たい風が吹きすさび、とにかく寒かった...。展望台広場にあった素敵なカフェテラスで、ちょっとひと休み。ここで飲んだホットワインに、体も気持ちもあったまりました。

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あまりにも寒いので帰ろうかと思ったのだけど、途中の脇道に心惹かれて、例によって当てもなく歩いて行ったら、その先にもうひとつ別の展望台を見つけることができました。こっちからの方が海まで見渡せて、先程の展望台以上にすばらしい景色を見ることできます。展望台に行かれる方は、ぜひ足を運んでみてください。

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北欧らしい控えめな青空と低く流れる雲、その下に立ち並ぶ赤い三角屋根のコントラストの美しさは、今回の旅の中で忘れられない思い出になりました。〈続〉

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旧市街を歩いていたら、ふと、この銅像に足が止まりました。人形はピノキオでしょうか?碑文には「FERDINAND VEIKE」という名前が刻まれています。「なんだろう?」と気になって建物の入口へと回ってみると、そこは「NUKU」というエストニア国立の人形劇場でした。FERDINAND VEIKEは、この劇場の創立者だったのです。

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「NUKU」は、1952年に建設されたという歴史ある人形劇場。劇場のスペースと、ミュージアムのスペースがあって、劇場では日替りでいろんなプログラムを上映されているようです。この日は時間なかったのでミュージアムの方だけを見てみること。

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各年代事にパペットたちが分類されており、展示ボックスにはタッチパネルなども設置してあって、その人形のプロフィールを音や映像を交えて楽しく紹介しています。

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パペットたちの表情ひとつひとつが、とても個性的。作者の熱いこだわりを感じました。

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作品のテーマごとに分類された小部屋での展示は、ユニークな演出をしてあります。

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最上階には、劇場で活躍しているパペットたちを制作している工房もありました。人形づくりの道具や材料が魅力的。今の自分と違う人生を歩むとしたら、こんな工房で黙々と人形づくりに没頭する日々を過ごしてみたいな。

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正直な話、あまり期待していなかったのだけど、中に入ってみてびっくりするくらい充実した内容の展示でした。子どもだけでなく大人も充分に楽しめる内容。ガイドブックには紹介されてないけど(後で見返したら「劇場」の欄にだけ紹介されたました)、ここはミュージアムとしても、とてもおすすめのスポットです。〈続〉

★エストニア国立人形劇場 NUKU → http://www.nuku.ee/

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タリンでの最後の晩餐は、前日に歩いたカタリーナ通りにある「KLOOSTRI AIT」というレストランに行ってみることにしました。このお店のことは、ラトビア在住の日本人ご夫婦に教えていただたのです。扉のガラス窓から中を覗くと、客は地元の人ばかりなう雰囲気で、正直すごく躊躇したのだけど、思いきって入ってみました。
★KLOOSTRI AIT→ http://www.kloostriait.ee/(すごく素敵なHPです!)

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店内は外から見るよりもずっと広くて、こんな風に大きな暖炉があったり、各テーブルにはロウソクの灯りが置かれていて、とても落ち着いた雰囲気の素敵なレストラン。次々とお客さんが入ってきて、すぐにお店は満席に。

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そしてこれが注文した料理。サーモンの入ったクリームスープとチキンのサラダ、そしてベジタブルなラザニア。すっごく美味しそうでしょう?? ...ところが一口食べてみると、なんというか...ひと味足りない感じ。料理と一緒に運ばれてきたソルト&ペッパーのミルで、思い切りよく塩気を足したらまぁまぁな味になりました。ただ、食べながら思ったのは、観光客向けのお店では誰でも美味しく感じるように、少し濃いめの味付けにしてあって、実際はここで食べた料理のようにちょっと素っ気ない味付けの方がスタンダードなのではないでしょうか。そうでなければ、こんなにも客が賑わうわけはないのですから。その土地ならではの味を体験してみることこそ、旅の何よりの醍醐味ですよね。

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食事を楽しんだあと、ラエコヤ広場の方へと歩いていたら、突然大勢の人垣に遭遇。なんだろう・・・?と、肩越しに向こうを覗き込むと、中世の世界から抜け出してきたような人たちが輪になって踊っているではありませんか!

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古楽の調べと伴に輪舞を踊る様子は、まさにおとぎ話のよう! 中世の美術や音楽にずっと憧れていた自分にとっては、本当に夢のような光景でした。。

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輪舞が解けたあと、高貴な衣装を着た男性(村長という設定なのかな?)が若い男女に向かって、なにやら書面を読み上げているパフォーマンス。結婚式か何かの儀式をやっている様子でした。

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真っ白な衣装を着た美しい乙女が、多くの人の視線を集めていました。本当に妖精のような可憐な美しさ...。あまりの美しさに見惚れていたら、いつの間にか連れとはぐれていました(笑)

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ひとつ隣の広場では、先程の中世の世界から打って変わって、旧市庁舎の壁を巨大なスクリーンに仕立てた光と音のショーが繰り広げられていました。ミニマルな音と連動しながら、丸い光が生き物のように動めいていきます。ショーというより、コンテンポラリーのアートパフォーマンス。タリンという街は、古い文化と現代的なものが非常にうまく融和された素晴らしい文化を持っていると感じました。

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街頭のあちこちで、いろんな人たちが思い思いの音楽を奏でています。このままずっと一晩中音楽が鳴り響き、人々は酒杯をかかげ、陽気な歌をうたい終わりのない輪舞を踊る...いつまでもいつまでも続く迷宮のカーニバル......そんな美しい幻想に誘われる夜でした。〈続〉

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