旅の6日目。いよいよリトアニアへ向けて出発。ラトビアにいる間はずっと晴天が続いていたのですが、この日は朝から雨模様。空を厚い雲が覆っていました。

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リガの中央バスターミナルの切符売り場。この日の最初の目的地は、リトアニアの「十字架の丘」。リガからカリーニングラード(飛び地になっているロシア領)行きのバスに乗り、シャウレイという町まで行って、そこからバスかタクシーに乗り換えます。

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リガを離れてしばらく走ると、荒涼とした風景が広がっていました。ラトビア郊外の長閑な田園風景とはかなり印象が違って見える。

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シャウレイまでは約3時間の道程。この時に乗ったバスは古びた車両で、ガタゴトとよく揺れました。椅子のクッションは固いし、変な匂いがこもっているし、ゆっくり寝ることもできません。タリン〜リガ間で乗った快適なバスとは雲泥の差...。

途中の休憩所に飾ってあったレリーフ作品が、リトアニアらしくってとても素敵でした。装飾部分に見られる美意識が、西欧圏のものとは明らかに違っていて面白い。

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そういえば、このバスの車中で面白い出来事がありました。車窓から写真を撮っていたら、斜め後ろの席にいたガタイのいいおじさんが突然立ち上がって、「こっちに来い」と手招きするのです。「何???」と思いながらも言われるがまま隣りへ行くと、私の腕をがっちりと抱え込んで逃げられない状況に......。そして私のカメラを指差しながら、熱のこもった声で何かを話し始めました。リトアニア語なのかロシア語なのか、言ってることはまったく理解できません。

何か気に障ることことをしてしまったんだろうか??・・・不安になって周りを見回すと、乗客たちはこちらの様子を見て微笑んでいる...(^^;)。とりあえず、やばい状況ではないらしい。あらためて彼の言葉に耳を傾けていたら、なんとなく言いたいことがわかってきたから不思議。。。どうやら「こっち側の窓から写真を撮れ」ということらしい。「わかった」と私も日本語で応じました。「ここから撮ればいいの?」「違う!もうちょっと行った所」「この辺?」「よし、ここだ!」と彼が叫んだタイミングでシャッターを押したのがこの写真。。

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う〜む・・・さっぱり意味が分かりませんね・・・(^^;)。

でもこの写真をカメラのプレビュー画面で確認したら、彼は満足げな笑顔で握手してくれて、ようやく私のことを解放してくれました。周りの乗客たちも、みな笑顔でした。

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そんなことがありつつも、無事にシャウレイのバスターミナルに到着。そこからタクシーに乗って15分ほどで「十字架の丘」の入口に着きました。何もない広大な平原の中に、一本道が伸びています。そして、遠くに十字架のシルエットが。。

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どんよりとした空の下、緑の平地の真ん中に、こんもりと浮き上がってくる十字架の丘。近づくにつれ、丘に突き刺さる無数の十字架の姿が見えてきました。写真では何度も見ていても実際に目の当たりにすると、その異様な光景に言葉を失います...。

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「十字架の丘」は、リトアニアの聖地。なぜここに十字架が立てられるようになったかは定かでないのですが、1831年のロシアに対する11月蜂起の後、その時処刑や流刑された人々のために立てられたのが始まりと言われています。以後は、抑圧者に対する抵抗の証しとして、そして、リトアニア人として民族アイデンティティーの象徴として、「十字架の丘」は特別な意味を持つようになったのです。ソ連に支配された時代には、当局はここをどうにかして排除しようとして、ブルドーザーで撤去しようしたり焼き払ったりしたのだけど、夜のうちにまた誰かがここに十字架を立てて行ったのだそうです。

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それにしても、なんと凄まじい数の十字架・・・。小高い丘の向こう側にもびっしりと、大小さまざまな十字架やロザリオが埋め尽くしていました。信仰心というよりも、心の「叫び」のようなものを感じます。

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十字架の造形に様々なスタイルのものがあって興味深い。リトアニアは国民の8割がカトリックの国。でもカトリックを受け入れたのは、14世紀末、悪名高いドイツ騎士団の侵攻に対向するためポーランド=リトアニアの連合国を締結したのが契機でした。それ以前は自然崇拝・多神教の信仰を持つ部族が主流で、異なる宗教が共存していたのです。キリスト教国になった後も、民衆の間ではアニミズムの世界観が根強く残ったのではないかと想像します。

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世界中から多くの人がここへ巡礼に訪れています。そして十字架の数は今も増え続けています。このバリエーション豊かな十字架には、多様な価値観を希求する意志と、少数者が抑圧されることのない平和な世界への願いが込められているように、私は感じました。

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さて、バスの車中での出来事ですが、十字架の丘に行ったあとで、ようやく彼が何をしたかったのかが理解できました。先程の写真を拡大してみたら、そこに写っていたのはなんと「十字架の丘」だったのです。彼は「十字架の丘がこの先に見えるんだよ、写真を撮るならこっちから撮っておきなさい」と親切に教えてくれていたのでした。遠い国から「十字架の丘」を見に来てくれた客人に、無骨な形で歓迎の意を示してくれたのだと思います。そんな出来事にも、「十字架の丘」が彼らにとってどれだけ大事なものかが伝わってきました。

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丘の入口にある土産売り場で出会ったかわいい猫。またおいでよ、と見送ってくれました。。〈続〉